別府
朝、竹瓦温泉まで散歩して砂湯の予約をする。宿に戻り、チェックアウトし、荷物を預け、自転車を借りる。竹瓦温泉に戻り、砂湯に入る。砂湯とは何なのか分からないままだが、そんなこと分からないままでも砂湯に入れる。普段は自分の注意欠如性を意識することが多いが、献血のときと砂湯のときは、多動性とサシで対話している感覚がある。15分という時間制限は、客の回転のことや長時間熱されることによる体調変化のことを考えて設定されているというよりも、そもそも15分くらい経つと砂が暖かくなくなってくるからであるようだ。
自転車で鉄輪温泉の方へ向かう。甘味茶屋で名物のとり天やだんご汁、やせうまのセットを食べる。確かにとり天は、知っている食材のみで構成されているのに、おいしい。離乳食ばかり食べてきた子供が初めてダブルチーズバーガーを食べたときの感情はこんな感じだろう。とり天がダブルチーズバーガーのような味だとか、とり天のおいしさがダブルチーズバーガーと同じくらいだとかと言っているのではない。
時間許す限り、地獄をめぐる。空間的にも離れておりしかたがないのだろうが、7つの地獄は統一された観光地としてのパッケージングが曖昧で、誰もが戸惑いながら巡っている様子がグループ客の会話から窺える。「それぞれの地獄って別のとこが運営してんの?」「かまど地獄と白池地獄って何が違うの?」と。そして、「まあ結局、海地獄さえ行けばいいんでしょ」と同じような会話をあちこちで耳にする。地獄めぐり観光化の歴史から見ても、おそらくそれは間違っていないのだろう。血の池地獄と龍巻地獄以外には足を運ぶことができる。🐊
竹田
豊後竹田駅はホームから大きな滝が見える。きれい。夜にはライトアップされている。
岡城跡へ向かう。この荒れ果てた山城跡で遊んだ印象から瀧廉太郎が「荒城の月」を作曲したことで有名である。観覧券発売所で100名城スタンプを押す。基本的に城は旅行ルートのチェックポイント的機能のために用いているのみで特に思い入れがないのだが、この場所は掛け値なしに美しいと感じる。説明するのが面倒なので、君自身の目で確かめてくれ。阿蘇溶結凝灰岩、石垣、大野川、稲葉川、阿蘇山、くじゅう連山、混合林。天守なんてなくてかまわない 大事なことはそんなんじゃない。
二の丸にある瀧廉太郎像は小学校の同窓であり彫刻家の朝倉文夫による作品である。銅像裏面の刻文も美しい。
滝君とは竹田高等小学校の同窓であった。
君は十五才自分は十一才、この二つの教室は丁度
向かい合っていたので僅かに一年間ではあったが印象は割合に深い、志かしそれから君の亡くなるまでの十年間はほとんど何も思い出せないのに十一歳の印象を土台にして君の像を作ろうというのである。多少の不安を抱かぬでもなかったが、製作に着手してみると印象はだんだん冴えてきて古い記憶は再び新しくなり、追憶は次から次へと蘇る、学校の式場でオルガンの弾奏を許されていたのも君、裏山で尺八を吹いて全校の生徒を感激させたのも君、それは稲葉川の川瀬に和した忘れることのできない韻律であった。そして八年後には一世を画した名曲「四季」「箱根の山」「荒城の月」に不朽の名を留めたことなど、美しい思い出の中に楽しく仕事を終わつた。
大分
大分で下車し、府内城へ寄る。こちらは岡城と対照的な平城であるが、岡城と同様にほとんどの建造物が失われている。大手門下にご自由にどうぞスタイルで100名城スタンプが設置されており、24/7で押すことができる。
府内温泉で入浴する。ぬる湯とあつ湯、サウナ、水風呂。サウナのテレビはプロフェッショナル 仕事の流儀 橋本環奈スペシャル。
佐伯
小倉駅と鹿児島駅を結ぶJR日豊本線のうち、大分と宮崎の県境をまたぐ佐伯~延岡間は普通列車の運行本数が極めて少なく、上下合わせて3本のみである。この区間は通称「宗太郎越え」と呼ばれる。下りは佐伯駅6時18分発が延岡駅まで行ける最終の普通列車であるため、この区間を特急に乗らずに移動するためには佐伯駅周辺に宿泊する以外の現実的な選択肢が存在しない。よって、この区間を特急に乗らずに移動するために佐伯駅周辺に宿泊する。
スーパーマーケットで「迎春 佐賀牛の牛肉そば」、「幻の赤しそ寿司」、「兵六餅」と「パイナップルアメ」(「パインアメ」ではない)を購入し、ビジネスホテル清風荘へ向かう。部屋にはこたつが設置されている。「友達の家に泊まりに来た感覚でごゆっくりお寛ぎくださいませ」とのことである。