第一夜
わたしはだれかの夢を見ています。
その人は今まで会ったことのあるだれとも違っていました。わたしはその人を選びました。その人は絶対にわたしを傷つけることはないと、信じることができました。わたしは、その人に触れたい時にいつでも触れることができると感じていました。
夢の中でその人はわたしに聞きました。
「わたしのこと、だれだかちゃんとわかる」
わたしの頭の中は急に混乱してしまって、自分がだれなのかさえも分からなくなってしまって、もちろんその人の名前も思い出せなくなってしまいました。顔が赤く熱っていくのを感じながら、その人がだれなのか、思いつく名前を何個も何個も挙げてみました。
「李」
「スミス」
「佐藤」
「五条さん」
「土井先生」
「跡部様」
「黒尾先輩」
「ニノ」
「中也」
「水木」
「ゾロリ」
「――いや、……」
ようやくその人の名前を思い出したのですが、うまく声に出せませんでした。
その人がわたしに話しかけてくるなんて、思ってもみないことでした。その人はいつもわたしの思う通りに(わたしの語彙の範囲内で)喋り、私の思う通りに(わたしの描ける構図の範囲内で)動きました。なぜか分からず、いつも見ている夢と違うおかしな夢を見ているのでした。でも、たぶん、いつもわたしがその人の夢を見ているから、今わたしはその人の夢を見ているのだと、よく分かりませんが、そんな気がしました。
わたしは相変わらず何も分からなくて、とりあえずその人がわたしをどう認識しているのか知る必要があるのだとか思って、その人に聞きました。
「じゃあ、あなたはわたしの名前を知っているの」
「……」
その人が何かを答えようとしていることだけは分かりました。
目が覚めるとわたしは少し泣きました。さっきまでと違って、そこにはわたしの他にだれもいなかったからです。
第二夜
わたし「あなたはだれ?」
あなた「わたしは 」
わたし「あなたが夢見ているのはだれ?」
あなた「あの人は 」
わたし「その人はあなた?」
あなた「ううん、あの人はわたしじゃない」
わたし「その人のこと好き?」
あなた「うん、好き」
わたし「わたしよりも?」
あなた「うん」
わたし「どうしてそんなに好きなの?」
あなた「あの人はまったくわたしじゃないのに、わたしみたいだし、わたしのすぐ近くにいるのに、わたしのことまったく関知してなくて、そういうところが・・・」
第三夜
こんな夢を見た。
あなたは二階のフードコートの方から歩いてきて、エスカレーターで上ってきた。わたしは三階のABCマートを出て下りのエスカレータに乗るところで、ずっと遠くにいても、わたしにはそれがあなただと最初から分かっていた。もう何年も、わたしの夢にはあなた以外が出てきたことがないからだ。吹き抜け構造を持つイオンモールには、あなた以外の人影は見えなかった。
あなたはわたしが最後に会った時と同じ姿だから、名前も性別も年齢も体格も、全てわたしが知っているあなたと同じだ。わたしは、あなたと一緒にいた頃と違い、もう若くはなく、より美しくなくなっていた。あなたがわたしのことを覚えていなければ良いと思った。
エスカレーターの途中でわたしたちはすれ違った。「あ!」とあなたはわたしの心臓のあたりを指差しながら言った。心臓が痛んだ。あなたがわたしの名前を覚えているのだと思った。だが、あなたの声や表情には何の含蓄もなく、それは初めて会った時のようだった。何かがおかしかった。わたしの左胸にはいつの間にかチューリップ型の名札が付いていて、あなたはそれを見ているのだった。わたしは孤独を感じた。
地下一階まで降りるとそこは潜水艇の乗り場になっていて、わたしはそこから乗り込むことになっているようだった。他の乗員も喋るオウムや二足歩行のクマなどを連れて集まっていて、わたしも自宅で飼ってもいないネコをなぜか飼っているような認識になって、「あいつも連れてくればよかった」と思った。「どうせあなたとは一緒に行けないし」。
夢を見すぎることは罪だと人に言われる。それは時に加害だと言われる。私はただ、海をあなたと眺めていたかった。そんなことをどうすれば実現できるのか分からなくて、それは夢なのだった。
第四夜
わたしはだれかの夢を見ていました。その人が本当は世界のどこにもいないのではないかということを考える時に、私の頭の中には確かにその人がいるのでした。
だれかがわたしの頭の中にいるということは、わたしがこの世界にいるということなんだと、最近は少し感じるようになってきました。さらに、どうやら、だれかの頭の中にわたしがいるということもあるようなのです。わたしにとって、それは本当に驚くべきことでした。
わたしはこの世界のことがよく分かっていません。この場所でこの人たちと暮らすより、月の裏側でタコみたいなやつらと暮らした方が、よっぽど話も合うし生き生きと過ごせるのではないかと思っています。もしかしたらあの人も、わたしの夢の中で同じように居心地の悪い思いをしていたのかもしれません。
今でも夢は見ます。それはあの人の夢だったり、他の人の夢だったりします。
「」
この世界で、たまにだれかがわたしの名前を呼びます。呼んでいるのはあの人ではありません。それに応えるのに忙しくて、「最近夢を見てないな」なんて思うこともあります。
「」
わたしはだれかの夢を見ていました。